性別変更の前に保存した卵子と親子関係――認知届が受理されなかった事例から考える
記者:
JWC 加地
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2026年10月4日
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【結論】出産の時期と婚姻・戸籍変更の順番が、親子関係の扱いを分けます
2026年9月18日、東京家庭裁判所に、性別変更をした元夫の卵子を使って妻が出産した子が、夫を父として認知を求める訴えを起こしました。夫妻は区役所に認知届を出しましたが、区は「血縁上の父子関係が存在しない」として受理しませんでした。
判決はまだ出ていません。この記事では、報道で伝えられている事実と、法律の一般的な仕組みを分けて説明します。
手術の前に卵子や精子を保存する方にとって、この事例は「保存そのもの」より「出産・戸籍変更・婚姻・認知の順番」が法的な親子関係に影響しうることを示しています。
事例の経過
報道(弁護士ドットコムニュース、時事通信など)をもとにした経過は次のとおりです。
- 2015年ごろ: 夫が女性として生まれ、男性として生活を始める
- 性別適合手術の前: 夫の卵子が採取される
- 2024年: 妻が出産する。体外受精で、夫の卵子と第三者の精子を用いた
- 2024年12月: 夫の性別変更の審判が確定する
- 2025年2月: 夫妻が結婚する。その直後に区役所へ認知届を提出する
- 区の対応: 「血縁上の父子関係が存在しない」として認知届を受理しない
- 2026年9月18日: 東京家庭裁判所に、子が夫に対して認知を求める訴えを起こす
報道によれば、子は原告で、母が法定代理人です。代理人の弁護士は、血縁関係は明らかだと主張しています。
なぜ認知が必要になったのか
ここからは法律の一般的な仕組みです。この事例の判断ではありません。
- 嫡出推定(民法772条): 妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定される仕組みです。今回の子は婚姻前に懐胎されているため、この推定は働きません。
- 認知(民法787条): 婚姻でつながらない子について、父とされる人が自分の子だと認める手続です。今回はこの手続が必要になりました。
- 戸籍上の性別の変更: 性別変更の審判は戸籍上の性別を変えるものです。子との血縁関係そのものを変えるわけではありません。
区は、認知の前提となる血縁上の父子関係がないと判断しました。夫側は、卵子を提供したのは夫本人であり、血縁関係は明らかだと主張しています。どちらの主張が認められるかは、今後の判決で示される見込みです。
2024年最高裁判決との違い
2024年6月21日、最高裁判所第二小法廷は、性別変更の後に凍結精子で生まれた子について、男性から女性へ性別変更した父に認知を求めることができると判断しました(令和5年(受)第287号・裁判官全員一致、補足意見あり)。
二審(東京高裁)はこの子について認知を認めませんでしたが、最高裁は「生物学的な男性が生物学的な女性に自己の精子で子を懐胎させることによって血縁上の父子関係が生ずるという点は、当該男性の法的性別が男性であるか女性であるかということによって異なるものではない」と述べ、「嫡出でない子は、生物学的な女性に自己の精子で当該子を懐胎させた者に対し、その者の法的性別にかかわらず、認知を求めることができる」として二審判決を破棄し、子が父の子であることを認知しました。
この判決が判断したのは、自分の精子で、生物学的な女性を懐胎させた場合です。今回の事例は、卵子を提供した夫の子を妻が出産したという点で、精子の事例とは違います。同じ考え方で判断されるかどうかが、今後の争点になると見られます。代理人の弁護士は「精子か卵子かで親子関係を認めたり認めなかったりする意味はどこにあるのか」と述べています。
夫婦の婚姻中に生まれた子を扱った過去の判断もあります。2013年12月の最高裁は、性別変更をした夫と妻の人工授精による子について、嫡出推定が及ぶとして親子関係を認めました(性別変更した夫と人工授精の子は「親子」最高裁)。今回の事例は、婚姻より前に生まれた子である点で、この判断とは場面が異なります。
MtFの方へ:精子を凍結する場合に確認したいこと
MtFの方にとって、2024年の最高裁判決は、性別変更の後でも凍結していた精子で生まれた子について父子関係が認められうることを示した判断です。
ただし、判決は個別の事案についての判断です。今後の法律や裁判所の判断が同じになるとは限りません。
日本国内でもMtFの方の精子保存ができるようになっています(日本国内でMtF向けの精子凍結保存が可能に)。タイでの渡航前に精子を凍結する場合は、保存の手続と、将来の婚姻・戸籍変更・認知の順番を、専門家に確認しておくと安心です。精子凍結の内容は精子凍結保存のページをご覧ください。
FtMの方へ:卵子を保存する場合に確認したいこと
FtMの方が手術の前に卵子を保存する場合、出産の時期と婚姻・戸籍変更の前後によって、親子関係の成立の仕方が変わる可能性があります。
今回の事例では、出産が婚姻より前だったため、認知の手続が必要になりました。どの手続を、どの順番で行うかは、家族の状況によって異なります。
- 戸籍や親子関係の手続については、弁護士・家庭裁判所・行政書士に確認してください。
- 卵子の保存や妊娠の見通しなど医療に関する判断は、医師に相談してください。
戸籍変更の要件について
戸籍変更の要件は、裁判所の判断が個別に積み重なっている段階です。手術を受けなくても戸籍上の性別変更が認められた個別の判断はありますが、法律が一律に変わったわけではありません。最新の整理は性別適合手術を受けずに性別変更が可能にをご覧ください。戸籍変更と手術の関係は性別適合手術・戸籍変更後の手術についてでも扱っています。
手術を受けるかどうかと、戸籍の要件は別の問題です。どちらの選択も、それぞれの事情に基づく判断です。
相談先について
- 法律・戸籍の手続: 弁護士、家庭裁判所、行政書士
- 妊孕性温存などの医療判断: 医師
- 滞在・手配・費用などの実務: 弊社スタッフ(当社は法律や医療の判断はできませんが、渡航の準備や滞在の手配についてはご相談いただけます)
出典
- 朝日新聞(2026年9月18日): https://www.asahi.com/articles/ASV9L3CTNV9LUTIL01BM.html
- 弁護士ドットコムニュース(2026年9月18日): https://www.bengo4.com/c_18/n_20951/
- 時事通信(2026年9月18日): https://www.jiji.com/jc/article?g=soc&k=2026091800994
- 最高裁判所第二小法廷判決(令和6年6月21日・令和5年(受)第287号 認知請求事件)判決全文: https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/104/093104_hanrei.pdf
- 民法772条(嫡出推定)、民法787条(認知)
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