全腹腔鏡子宮卵巣摘出手術とミニペニス形成の体験リポート ②手術翌日から退院まで
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記者:
横須賀 武彦
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2017年5月24日
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全腹腔鏡による子宮卵巣摘出手術と陰核陰茎(ミニペニス)形成の体験リポート2016年9月②手術翌日から退院まで
・35歳FTM、ホルモン治療歴10年、2007年に国内の美容外科で胸オペ済。
気管支喘息の既往あり。(服薬加療中。)
・手術内容
子宮卵巣摘出手術(腹腔鏡下)、膣閉鎖、尿道延長、ミニペニス形成、睾丸インプラント、左乳頭修正(縮小)、39日間滞在(うち入院期間12日)※35日+4日間滞在延長
・病院、執刀医
ガモン病院(Kamol Cosmetic Hospital)
ガモン・パンシートゥム医師(形成外科)、シリマス・インカナート医師(婦人科)
※当初は開腹手術を予定していたが、術後の痛みや回復にかかる時間を勘案し、前日にアテンダントに連絡し、腹腔鏡下術に変更できるか尋ねる。変更可能との事。
手術翌日から退院まで
9/4(術後1日目)
6:30頃、リカバリールームから病室に戻る。手術部位に重いような、押し付けられるような、鈍い痛みがある。点滴の注入口から痛み止めを入れてもらう。喉が渇く。水が飲みたいが、おならが出るまでは禁飲食とのことで我慢する。身体を動かすと下腹部にも若干の痛みがあるが、開腹術にしていたら多分もっと痛みが強かったのではないかと思われる。
患部はあまり腫れておらず、状態は良いとの事。
1日3回まで痛み止め(モルヒネ)を使用して良いとのことで、12:00に点滴から注入してもらう。当初思っていたほど強い痛みを感じることはなく、強い眠気があり日中はずっとウトウトしていた。しかしその後、徐々に痛みが激しくなってくる。焼け付くような激しい痛みだ。
17:00、21:30とモルヒネを入れてもらう。最後は、「おならが出ていないので、あまりモルヒネは打てないので我慢するように」とNs.から注意される。しかしモルヒネを入れてもらうとかなり痛みが軽減する。夜中にお腹がポコポコ鳴って、おならが出そうであったが、力むと患部が痛み、縫合部分が裂けてしまうのではないか不安で力むことができず。
9/5(術後2日目)
4:40におならが出る。Ns.が巡回にきた時に報告すると5:50にスープが運ばれてきた。空腹ではあったが、あまりおいしくはない。午前中に服薬の許可が出たため、日本から持ってきた喘息の薬と、処方された腫れ止めを飲む。食事を摂りはじめたためか、腸の動きが良くなったようで、おならがよく出るようになった。引き続き患部の痛みは激しい。寝返りができないためお尻が床ずれのようになり、激しく痛む。夜はほとんど眠れない。
9/6(術後3日目)
午前中、下半身に繋がっていたドレーンを抜去する。患部が敏感になっていたためか、激しい痛みを感じた。しかし、ドレーン抜去後は少しだけ痛みが引いたように感じた。今日は患部が少し腫れているとのこと。
この頃からテープかぶれで、テープを貼った部分にかゆみが出てくる。自分の体質をすっかり忘れていたが、胸オペをした時にもテーピングでひどくかぶれたことを思い出した。
午後、シーツ交換のため、少しだけベッドを離れる。たった3日歩かなかっただけで、立ちくらみがした。また、患部の痛みがあり普通にソファに座ることはできなかった。ドーナツクッションを借りて少しだけ座ることができた。
日中ベッドの中でウトウトして、夜になると強い痛みを感じほとんど眠れないため、ナースエイドに眠剤を要求する。21:30に持ってきてくれた。しかしやはり眠ることはできず、激しい痛みがあり、モルヒネを入れてもらう。しかし、1日3回上限を3日間使い続けたせいか、あまり効果を感じることなく、すぐにまた痛みが戻ってきて、明け方ウトウトし始めた頃にナースエイドが身体の清拭に来て目が覚める。
9/7(術後4日目)
本日から痛み止めが錠剤になった。モルヒネよりも効き始めるのに少し時間がかかるが、十分効果があった。
今朝から食事がまたスープに戻った。術後から1回も排便がない為と思われる。患部の痛みと、縫合部が裂けてしまうのではという恐怖と、尿管からの漏れが不安で、何度かトイレに座るものの一向に便意を催さなかった。
プイさんからは、早めに歩き始めるように言われていたものの痛みが強く、ずっとサボっていた。しかし、便も出ないし、いい加減歩かなければと重い腰を上げ、ナースエイドを呼んで病室内を少しだけ歩く。立ちくらみやめまいを感じ、やけに身体が重く感じた。
午後から精神科Dr.との面談があった。日本人スタッフ立会いの元、病室内で、子供の頃に好んだ遊びや、いつから身体に違和感を覚えたかなど簡単な質問がいくつか。
夜になって点滴がようやく終了となる。相変わらず痛み止めが切れると強い痛みがあり、気分が落ち込んでくる。
9/8(術後5日目)
午前中、ようやく排便があった。やはり力むと患部に突っ張るような痛みがある。
排便があった為か、食事が再び固形物になった。しかし、入院初日に麺類が好きだと言った為か、食事はにゅうめんやうどんといった麺類しか出ない。(消化には良いのだけど)
そして消毒。術後から1日2回、生理食塩水での洗浄と抗生物質の軟膏塗布だが、とにかく沁みて痛いので憂鬱な気分になる。この痛みがこれから先もずっと続いたらどうしようなどと不毛な事ばかり考えてしまう。あまりにも痛がるため、Ns.やナースエイドが申し訳なさそうな表情になり、こちらも申し訳ない気持ちになる。
当初に比べ患部の痛みは引いてきたが、寝たきりのためか、お尻の下に敷いている防水シーツの影響によるおむつかぶれか、床ずれのようになってお尻が激しく痛む。今度は患部の痛みよりもお尻の痛みで眠れない夜が続く。夜、ウロバッグ(蓄尿袋)の尿を捨てにきたナースエイドに円座をくれないかと(片言英単語で)伝えるが「???」の表情。2人ほどNs.とナースエイドを連れてきたので、絵を描いてみせた(絵心もない)が相変わらず「???」。考えた末、「ドーナツ!」と言うと、「オォー!」と3人納得の表情で、象の絵柄がついた円座を持ってきてくれた。おかげでこの夜からかなり眠れるようになった。
9/9~12(術後6日目~9日目)
朝食後に排便があった。昨日の排便時に、尿が漏れ出そうな感じはあったが、今日は尿管の隙間から血液交じりの尿が漏れてきた。尿道口が沁みる感じ。不安に思いプイさんを通してNs.に質問するが「後で消毒」と。
ガモン先生のチェックの時、血液交じりの尿漏れについて尋ねると「オペ後の傷がまだ治っていないから」とのこと。
抗生物質を飲んでいるからか、徐々に緩い便が出るようになる。一つ困ったことは、タイではトイレットペーパーがトイレに流せず、シャワーでお尻を洗うため、患部につけているガーゼが濡れてしまう(結構水圧が強い)。お尻を洗った水がついたままのガーゼでは感染が心配であったため、プイさんからナースエイドに聞いてもらうが「ガーゼを変えるから大丈夫」と。洗浄とかしなくて大丈夫だろうか。
実は滞在中、習慣でついペーパーをトイレに捨ててしまい、トイレから拾い上げたことが何度か。不便を感じ、日本から持ってきたトイレットペーパーを使うことにした。(日本人スタッフに「ペーパーなんて持ってきたの!?」と笑われた)
食事は基本外注らしく、やよい軒の出前を食べていた。いい加減麺類に飽きてしまい「麺類以外も食べたい」とプイさんに伝えると、昼には焼肉弁当で思わず歓声をあげた。しかし、夕食が16:30という異様に早い時間のため、夜中にとてもお腹が空く。
午後、久しぶりにシャンプーをしてもらう。とても気持ち良かった。室内は冷房が効いていて快適だったが、内摘後のホットフラッシュが始まり、突然身体がカーッと暑くなり激しく汗をかくことが増えたため、清拭はしてもらえるものの、シャワーが浴びられないのは非常に気持ち悪かった。
尿管をつけていると、尿路感染症を引き起こす恐れがあると、職業柄知識はあったものの、動かない人間が1日に2ℓもの水を飲むのは結構辛い。そしてガモン病院の水はあまりおいしくない。
そんなわけで、少し水分摂取をサボった日にはちょっと恐いNs.に「寝るまでにあと2本飲むように」ときつく言われ、渋々飲んだがやはり辛いので、それ以降はプイさんにお願いして、毎日スポーツドリンクを買ってきてもらっていた。
相変わらず患部の痛みはあるが、痛み止めを飲めば我慢できる状態となり、円座と眠剤のおかげで夜も徐々に眠れるようになってきた。
9/13(術後10日目)
朝食に出た牛乳を飲んだところ、3時間後に突然激しい腹痛に襲われる。トイレに行く時はナースコールを押すように言われていたが、「ナースエイドを待っているうちに漏らしてしまう!」と慌ててトイレに駆け込むやいなや激しい下痢に。この時は気付かなかったが、プイさんに話したところ、日本人でタイの牛乳が合わずにお腹を壊す人がいると聞き、オペ当日の朝の下痢も、朝食時に飲んだコーヒー牛乳が原因だったことに気付く。
午前中に抜糸を行う。「毛を抜くくらいの痛み」と聞いていたが、やはりかなり痛い。「そんなに痛いの?」と聞かれたが、痛いのである。
夜になり、ここ数日落ち着いていた患部の激しい痛みが再発する。
9/14~15(術後11日~12日)
やはり痛みが引かない。毎日のように痛み止めをもらうのと、痛がるため「痛がり過ぎだよ」と言われるが、自分ではどうすることもできない。元々痛みに敏感なのか、とにかく本当に痛い。他の人はそんなに痛がらないと言われても、痛いのは俺だし、痛いものは痛い。
そんな状態だったが、とにかく15日午後に退院となり、コンドータウンに戻る。ちなみに尿管は着けたまま、プイさんからお借りした象さんの絵柄がついた紫色の布袋にウロバッグを入れてしばらく生活することになる。
「③退院から通院そして帰国まで」に続きます。
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バンコク在住、(株)ジェイ・ウェッブ・クリエーション代表。1997年にバンコクへ移住し、現地工場長を経て2004年に会社設立。現在はバンコクで医療系の情報提供と起業支援を中心に活動中。日本国内で年に2回ほど個別相談会も開催しています。1952年生まれで茨城県水戸市出身、在タイ20年超